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関 勉(せき つとむ、1930年11月3日 〜 )

コメットハンターとして知られる日本のアマチュア天文家。 高知県高知市出身。
独学で天文学を学んだ。

1948年、本田彗星、マックガン彗星の影響で彗星に興味を持ち、1950年から彗星捜索を始める。
一時挫折したものの、その後も観測を続けた結果、1961年10月11日に初めての彗星である「関彗星」を発見。
その後、計6個の彗星を発見しているが、特に1965年の池谷・関彗星は肉眼でもはっきりと見える彗星として日本に天文ブームを巻き起こすきっかけとなった。
また、小惑星ハンターとして222個(2004年10月28日現在)を発見しており、数多くの日本のもの(地名、人名から漫画にまで及んでいる)にちなんだ命名を行っている。
ウィキペディア フリー百科事典 関勉 より

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関勉守谷町講演会の経緯

(文:長谷川久也)

1986年9月27日、星天の会主催で「関勉講演会」が茨城県北相馬郡守谷町(現守谷市)の中央公民館大ホールに於いて行われた。
ハレー彗星の接近後、地球から遠ざかりつつある時節、演題は「ハレー彗星のあとの天体観測・星と私」であった。

守谷町で関勉氏の講演会が行われるようになったきっかけは、その半年ほど前までにさかのぼる。
ある晩、私と当会会員であった故大野繁氏とで星談義をしている最中のことである。
突然、大野氏が「長谷川さん、関さんを呼んでみましょうか。」と言うのである。。。

「えっ、せ、関さん??? 関さんって、あの有名な関勉さんのことですか!」
「そうです。」と一言。

関勉氏と言えばあの有名な大彗星「池谷・関彗星」の発見者である。
今まで本でしか見たことがなかったような人をこの守谷へ呼んで来ようと彼は言うのである。
ハレー彗星接近で多忙な関氏のこと。。。そんなことが可能なのか・・・ しかも、こんな無名の天文同好会の所へ来て下さるのか。。。
色々なことが頭の中を駆け巡る。
よくよく話を聞いてみると、大野氏はギターの演奏家でもあり、その関係から関勉氏を知っているとのことであった。
関勉氏は、ギターの演奏家でもあるのだ。
どうせならば講演会を開いて、近隣の星に興味を持っている人はもとより、一般の人にも星の素晴らしさを知っていただこう、ということに相談がまとまった。

その後、話は順調に進み、1986年9月27日、守谷町に於いて「関勉講演会」が開催される運びとなった。
理由は定かではないが、当時、関氏の講演会は、ほとんど開催されておらず、しかも都会から離れた守谷町で講演会が開催されるというのは、奇跡的な出来事であった。
折角関氏に来て頂くのだから、会場は広い方が良いとの判断から、当時の守谷町で一番収容人数の大きい中央公民館の大ホールにし、満席で関氏に講演して頂くために講演会の宣伝に走る毎日を送った。
各天文誌や新聞、地域誌などに情報を載せてもらったのは勿論のこと、近隣の小中学校にパンフレットを配ったり、最終的にはNHKの地域情報番組にも放送して頂いた。
その甲斐あってか、当日は約400名入るホールがほぼ満席とになり、開催者側の私としてはうれしい限りであった。

講演会後、関氏を招いての懇親会も深夜まで大いに盛り上がり、とても有意義な1日を過ごさせて頂いた。
関氏には、この晩は守谷町の宿にお泊り頂いた。
ところが、関氏は深夜まで続いた懇親会にもかかわらず、翌朝早く起き、宿の窓から彗星捜索をしていた、と朝食のときに聞き、星天の会一同頭が下がる思いであった。
「こういう地道な努力の積み重ねで、今の関さんがあるんだなぁ・・・」と誰かが言っていたが、全くその通りだと思った。
この講演会から数年後、大野氏は癌のため42歳という若さで他界してしまうが、守谷の「関勉講演会」は、大野氏が私たちに残してくれた大きな置きみやげだと私は思っている。
大野さん、ありがとう ・・・

聴衆が自然と引き込まれてしまう関勉氏の講演

関勉氏の講演前、星天の会代表 長谷川久也の挨拶

池谷・関 彗星発見のエピソードや池谷氏との

友情の物語,スランプに陥った時の関氏の

人生観など、インパクトある関勉氏の熱弁に

聴き入る会場の人たち。

後半はハレー彗星を含めたスライドを見せて

頂いた。





講演のあとに、会場にいらした人たちへ抽選で、関勉著の本や色紙、関氏のサイン入り
星座早見盤などのプレゼントを関氏から手渡して頂いた。







ただ単に星の話だけでなく、人生の教訓などを

交えた関氏の講演会は、本当にすばらしいく、

聞く人の胸を打つものであった。

講演会の進行役は、当会の長野浩一氏が担当


最後に当時の星天の会メンバー勢揃い (左端の陰にちょっと顔を覗かせているのが故大野繁氏)



 



wpe9.jpg (20625 バイト) 当夜は、関氏との懇親会が持たれた。

日本の彗星発見の第一人者との交流。。。

会のメンバーは、それぞれの心に熱い何かを

深く刻んだ。



 

 

 

 

翌朝、関勉氏とのお別れを惜しんで・・・ (左端に故大野繁氏の元気な姿が)

 

 

 

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